その時僕は本を読んでいた。
3週間も滞在した愛すべきバナラシを離れ、
かの有名な「タージマハル」のあるアーグラーへ向かう列車の中だ。
インドの北部はこの時期大変寒い。日本の冬と変わらないのではないだろうか。
深夜、隙間だらけの列車の中は特に寒く、毛布などの持ち合わせの無かった僕は、
気を紛らわせるるために乗り口付近のイスに丸まって、
村上春樹の「海辺のカフカ」を読みふけっていた。
周りは誰も起きていない。本を読むのには最高のシチュエーションだ。
列車の音とともに時間がゆっくりと流れ、今何時なのか気にもならなかった。
が、ハラはすく。
ここに温かいチャイとなにか食べ物があれば最高なのにな、と思っていた矢先、
列車は途中の駅に止まった。
列車がどのくらいの時間止まっているのか分からないので、急いで売店らしき明かりまで走る。
真っ暗な駅のホームではこの極寒の中、無数の人々がうずくまっていた。
売店のおっちゃんも気持ち良さそうに寝ており、
僕は壁を軽く蹴っておっちゃんをたたき起こしビスケットを買う。
列車に戻り先ほどの席に座ろうとすると、
他の乗客も2、3人起きて乗り入れ口付近でチャイを飲んでいた。
どこで売っているのか聞くと、売店とは反対の方を指差され、
なるほど向こうにチャイ屋らしき人が見える。
温かいチャイを求めて、チャイ屋の方へ歩いて行った。
しかし、結果的に僕は、そこでチャイを買うことは出来なかった。
財布が、ない....,!
血の気が失せていくのが分かった。
まずに考えられるのが、つい一分前に売店で財布を出していたので、
あるいは途中で落としたという可能性。
血眼になって自分の歩いた単純なルートを往復したが見つからない。
売店のおっちゃんはまた寝ている。ホームで寝ているような人も起きているか分からない。
もしこんなとこで落としていたら、120%戻ってこないだろう。
というか僕は、いつも肌身離さず持ち歩いている小型パックに必ず入れたはず。
乗り入れ口付近に戻るも、やはり無い。列車と駅の間の隙間にも落ちていない。
チャイを飲んでた2、3人もどうしたんだと寄ってくるが、無視して探す。
列車が発車するまで、努めて落ち着きを取り戻しながら何度も売店との間を行き来し、
そのにいた銃を持った警官にも報告したが、ついに見つからず、列車は発車した。
発車した後、警官とチャイを飲んでた2、3人は人の不幸を楽しんでいるような顔でそこにいる。
少なくとも今の僕にはそう見える。
半泣きになりながら自分の座っていたイスの下をもう一度見てみると
あった!あれだ!
リエも自分の荷物見張りの持ち場を離れ、駆け寄ってきた。
が、財布の中身を見ると、現金はきれいに全て抜き取られていた....。
20米ドル3枚、500インドルピー10枚、小銭たくさん....
意気消沈している僕らを見て、チャイを飲んでた奴らだけがニヤニヤと笑っていた。
これで僕らはいったん文無しになってしまった。
何を血迷ったのか、今日に限ってお金を分けて持っていなかったのは不幸中の不幸と言えるだろう。
何よりもそれが一番問題だった。
電車の中で出し入れする財布の中身は小銭だけにすれば良かったのだ。
犯人は99%チャイを飲んでいた奴らだろう。
僕があのイスに座っていたのを見たのはあいつらだけだし、第一起きていたのはあいつらだけだ。
警官もそれをわかっているハズなんだが、
盗まれたのは「現金」だけなので証拠も無く、席に戻るよう促した。
財布は僕が落としたところをすかさず拾ったのか、
すれ違った時小型パックから抜き取ったんだろうか。
どちらにしても僕らのザックの中に残ったのは、
クソの役にも立たないような磁気性のプラスチックのカードと
スーパーのくじ引き引換券のような、
バカバカしいデザインのアメリカドルのトラベラーズチェックだけだ。
チャイ一杯さえ飲めなくなったぜ。
周りのインド人「全員」が敵に見える。
(リョウスケ) |