「僕が初めてインドへ行った頃はねぇ、成田からインドへの飛行機の中、
ほぼバックパッカーだったんだから」
オジさんはバングラッシーをグビっと飲みながら言った。
ジャイサルメールは砂漠の中の城下町。
町の真ん中に建てられた城から町の建物に至る全てが砂の色をしていて、ラクダが歩く町。
町の周りは砂漠が広がる。
僕らはデリーからジャイプルを経て、インドのラジャスターンという地方へ入った。
ここジャイサルメールは、インド・ラジャスターン最西端の町。
むかしマハラジャと呼ばれる貴族たちが、自分たちの砦を砂漠の真ん中につくったのだ。
今のパキスタンとの交易が盛んだった頃は重要な拠点だったが、
印パ分裂後の今は最西端の孤島のような町。
インターネットカフェこそあるが、砂色の町をみていると
どこか中世のアラブの世界に来たみたいだ。
泊まっている宿の隣の部屋にいたオジさんに、町の中を散歩中にばったり出会った。
ここは小さな町。
しばらく町を一緒にまわった後、メシでも一緒に食うことになり、
城下町を城に向かって登って、城の中にあるレストランのひとつで落ちついた。
オジさんは52歳。
白髪の短髪で短いヒゲをたくわえ、大きな会社の重役にも見える。
というか僕のオヤジと似たような歳だ。
彼は昔ヒッピーで、1979年に初めてインドへ来て以来、もう五回目だという。
彼は続けた。
「みんなカルカッタやらデリーやらに着いて、そこからワッと散って行ったんだ。
だからどこに行っても日本人がいたんだよ。
でも今はめっきり少なくなっちゃったんだよなぁ...」
確かに僕らも、思ったよりも日本人はいないもんだなと感じていたが、
昔はそんなにもインドを旅してる日本人がいたのかとビックリした。
「たぶん君たちもインドに来て、ダマされたり、ハラをたてることも多かったと思うけど、
ハラを立てたりするより、インドだからしょうがないってあきらめて楽しんだ方がいいよ。
それがインドを旅するコツ。 だってさ、よく考えてごらん。
インド人がさ、きちっと仕事をこなして定価で物売ってたらツマんないよ。
なんの苦労もない。値段交渉したり、苦労して買うからきっとオモシロイんだと思わない?
あ、ボラれちゃった!とかさ」
僕がデリー〜アーグラ間の列車の中で現金を盗られてから
インド人不信になりかけているのが分かったのか、
オジさんはそんなことを言った。オジさんはさらに続ける。
「要はさ、僕らがインド人にハラを立てるのは僕らの常識を
インドに持ち込んでいるからだよ。
郷に入ったら郷に従えっていうだろ。僕らはこのインドという国にお邪魔しているんだ。
だからインドの常識に合わせるのが礼儀ってもんじゃない。
お金を盗るヤツは確かに悪いヤツだと思うけど、
授業料だと思ってあきらめて、二度と盗まれないように気をつければイイよ。
だからってインド人を全員悪いヤツだって決めつけるより、
思いっきしインドを楽しもうよ。
インドはこんなにも素晴らしい世界を用意してくれてるんだからさ!」
オジさんは本当にこんな口調で話す。
確かに一理あるな、と思った。
僕はお金を盗まれて以来、道ばたで話しかけてくるインド人ほとんどに
しかめっ面であたっていた。
また何か企んでると思えて仕方なかったのだ。うっとうしかった。
しかし、そんなんじゃインドの旅はオモしろくない。旅は自分次第でどんな表情も見せる。
オジさんは間違いなくイージーに考えながら旅をしている。
決して贅沢に旅しているワケではないが、
どんなことがあっても、どんなことでも楽しんで旅をしている感じだ。
インドではそれが大重要。たしかに最近、僕は忘れかけていたかもしれない。
インド人との対話をもっと楽しんでみようという気になってきた。
バナラシでの時のように。
「そうだ。君たちなんかに最もふさわしい宿を知ってるよ。
せっかくジャイサルメールまで来たんだから、
一度泊まってみたら?僕がガールフレンドと来てたら絶対に泊まるなぁ〜...
とりあえず見に行こうよ」
メシも食い終わり、オジさんも激プッシュするのでどんな宿かと見に行くことにした。
砂の色をした石で出来た城の中にはいくつか宿もあり、宿泊することができる。
しかし城の中の宿は基本的に宿泊費が高いので、僕らは初め見向きもしなかったのだ。
オジさんは、その中の一つの「SIMRA Guest House」というところに僕らを案内した。
入り口は今泊まっている宿とさほど変わらない。が、中に入るとちょっと違った雰囲気だ。
宿の人に言って部屋を見せてもらった時、僕らは二人して「あっ!」と声を上げた。
全て石で出来ている部屋にはゴージャスなカーテンがかかり、
小さな窓辺にはリラックスできるようにクッションが置かれている。
そこから下を見下ろすと、行き交う人々や昼間僕らがウロついていた路地やら店やらが、
ミニチュアのように小さく、夜の明かりでオレンジ色に輝くジャイサルメールの町が
向こうまでずっと広がって見えた。さらに向こうの砂漠まで見える。
空を見ると、今まさに僕らのいる城と夜空に浮かぶ三日月が、
これ以上ないくらいに似合って見えた。
まるでマハラジャにでもなった気分だ!リエも大感激している。これはスゴい部屋だ。
一泊の値段を聞くと、600ルピー。700ルピーから下げての値段。
僕らの今泊まっている宿は城下町の中の安宿のひとつでダブルで一泊150ルピー。
600ルピーは4日分、ちょっとした贅沢だ。
それでも感激した僕らは明日また来て、泊まってみることにした。
「これもインドの楽しみ方。
せっかく来たんだから、 たまにはこういうところに泊まらないと!
ロマンチックだと思うよ〜。
だってこんな砂漠の町で、しかもお城の中に泊まれるなんて日本では味わえないからね!
それも日本円にしたら、600ルピーは1500円くらいだよ」
この歳でこんな話を、イヤミやイヤらしさを全く感じさせず話すこのオジさんを、
僕はキライではなかった。
城を下り、城下町の僕らの宿へ向かいながらもオジさんの「インド論」は続いた。
この人は本当にインドが好きなんだなと思う。
少しばかり偏ってはいるが、
今になって「ああ、なるほどな」と気付かされることも多かった。
夜空にはきれいな三日月が輝いている。
後ろを振り返ると、今まで歩いていたお城がライトアップされてオレンジ色に輝いていた。
今日もジャイサルメールの夜は更けていく。
砂漠の町は夢の中へと入っていく。
(リョウスケ) |